2010年8月6日
教科書以外の図書・教材の使用の自由についての声明
横浜教科書研究会
本年4月28日、横浜市教育委員会は、横浜市教職員組合(浜教組)が作成した『中学校歴史資料集』の横浜市内全組合員への配布に対し、各中学校長宛に「教科書の適切な使用等について」と題した通知文書を送付しました。通知では「各学校においては、文部科学大臣の検定を経て横浜市教育委員会が採択した教科書を必ず使用しなければなりません。学校長におかれましては、このことを改めて確認し、教員の管理監督及び教育課程の管理運営を適切に行っていただくようお願いします」として、各学校において教科書の使用の確認と教員の管理監督が指示されました。
さらにこの問題は、5月以降に『産経新聞』や「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)によって大きく取り上げられています。『産経新聞』は、浜教組の作成の『資料集』を「教科書不使用のマニュアル」と表現、「学校教育法抵触の冊子」と決めつける報道を繰り返し行なっています。さらに、「新しい歴史教科書をつくる会」は、川端達夫文部科学大臣に対し、配布資料の回収と浜教組の厳重処分を横浜市教育委員会に指示するよう求める要望書を提出、また6月4日付で横浜市教育委員会に「横浜市教職員組合(浜教組)の違法行為に関する請願」を提出し、市教委権限と責任における回収・処分と「文書作成と配布に関与した教員」の懲戒処分を要求しています。
こうした一連の動きについて、横浜教科書研究会は、採択された教科書の使用は当然とはいえ、教科書の使用義務を主眼とした教員の管理監督や教育課程の管理運営の過度の強調は、教師の教材研究やそれに基づく教育活動を著しく制限し萎縮させることになりかねないと危惧します。それゆえ、私たちは、改めて学校教育における教科書以外の図書その他の教材の使用の自由について以下の点を指摘し、横浜市教育委員会にこれらの原則および規定等の確認を求めます。
まず、市教委の通知文書の中で関連する法令として挙げられている学校教育法第34条は、「文部科学大臣の検定を経た教科用図書(略)を使用しなければならない」という第1項とともに、「前項の教科用図書以外の図書その他の教材で有益適切なものは、これを使用することができる」という第2項があり、教科用図書以外の図書・教材の使用の自由について明記されています。また、旧文部省通達でも「地図・図表・新聞・雑誌その他検定を経ない図書を補充教材として教育のために教室において使用することは差支えない」(1948年4月28日発教51教科書局長)とされています。さらに、教科書の不使用が問題となった裁判の判例文には、「教科書は主たる教材であり、教師は授業に持参させ、原則としてその内容の全部について教科書に対応して授業すべきであるが、その間、学問的見地に立った反対説や他の教材を用いての授業も許される」(昭和58年12月24日 福岡高裁)と書かれています。すなわち、基本的に教科書に対応しているのであれば、「反対説や他の教材」の使用が認められているのは明白です。
そもそも、学校教育において児童生徒の教育をつかさどる(学校教育法第37条11項ほか)ことを職務とする教師が、子どもの教育を受ける権利を保障するために、自らの裁量で、教科書を補ったり別の見解を示して生徒に考えさせたりするために、さまざまな文献や資料にあたることは不可欠です。
ちなみに、改定学校教育法の第2章義務教育、第21条の「教育の目標」第1項には、「公正な判断力の育成」が定められています。そのような授業を実現させるためにも、こうした資料の活用は、むしろ望ましいことであるはずです。また、新しい中学校学習指導要領(社会 歴史的分野)にも、「様々な資料を活用して歴史的事象を多面的・多角的に考察し公正に判断するとともに適切に表現する能力と態度を育てる」と書かれています。「教科書を教える」だけでなく「教科書で教える」ことが、広い視野に立ったよい授業を行なうために大切です。
なお、今回発端となった横浜市教職員組合発行の資料集や本会発行の「『新編 新しい歴史教科書』でどう教えるか?」は、いずれも採択された教科書の使用を前提とした冊子であることは明らかであり、「教科書不使用のマニュアル」や「違法文書」という決めつけははなはだ不当なものです。教科書使用を前提としたうえで、さらに教師の教材研究に資するための冊子の配布やその使用の自由は保証されなければなりません。
関係機関・関係者に対し、教科書及び教科書以外の図書・教材の使用の自由についての正確な法解釈と事実認識を求めます。
以上